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荒浜に初めて行ったのは今年の3月。なので流される以前の、あの寓話の世界のような荒浜の姿は自分は「イナサ」の中で観ることしかできない。

当然だけど、荒浜は以前の姿ではない。初めて行った時、こういう場所に自分のようなよそ者が勝手に入っていって写真なんか撮ってもいいんだろうか?そう躊躇したが、少なくとも自分が会った何人かの荒浜の方は、それが杞憂だと思わせてくれた。

ここを訪れる多くの人達は、ここを被災地だと認識しているだろう。勿論それは間違ってはいない。でも、自分は被災地の写真を撮りたいわけではない。荒浜はかつて美しい場所だった。自分が撮りたいのはかつて美しかった場所、そしていまでもその美しさを残している場所、未来を感じさせてくれる場所、それが自分にとっての荒浜の意味になっている。ある方は、荒浜をこんなにきれいに撮ってくれて、と仰っていたらしい。とてもありがたい話だけど、特別なことではなく、美しい場所なんだから写真もきれいになるんだと思う。

ここでは過去のものは全て無くなってしまった。多くの場合、人間はおそらく過去の記憶の中に生きている。それが最も都合が良くて心地よいからだ。そういう意味の格言もあったけど。未来への希望という、あてもないギャンブルのような糧で生きられるひとはそうは多くないはずだ。そして多くの人はそんなに強くはない。多かれ少なかれ、それが苦い記憶であったとしてもひとは馴染みのある記憶の中に浸りたがる。それは決して悪いことじゃない。だけどこの街からはその記憶というものが全て消し去られてしまった。

でも荒浜の何人かのひとは未来に向かって生きている。強い意志と誇りを持っているからだと思う。彼らはずっとそうやって生きてきた。そして彼らはそれを誇りとか強固な意志だとも感じてはいない。それらが当たり前のことのように日常を過ごしている。

逆に言えば、街って、そこに拘るひとが何人いるかどうかなんじゃないだろうか。荒浜にはそういう人たちが何人かいる。そしてそのひとたちが小さいながらも新しい世界を造ろうとしている。自分の土地に小屋を建てたり農作物を植えたりしている。大袈裟なコンセプトも考えもなく、ただただ日常の行いに若干のユーモアを添えて造っている。

12月21日はマヤ暦で言うところの世界の滅亡の日だったらしいけど、あんまり面白くない話だと思った。もう日本なんか終ってるようなものだから。荒浜や女川で生まれ育ったひとは特にそう感じるだろう。

殆ど全てのひとは、出来上がった社会に生まれてくる。そしてその完成された社会で生活し、亡くなってゆく。日本のようなシステムが出来上がった社会ならそれは尚更だろう。だから自分の身の回りの世界が無の状態から形成されてゆく姿に接する機会なんてあまり無いと思う。荒浜に行く事とは、その新しい世界が出来てゆく様に立ち会えるということだ。もちろん、それが全てではないことも承知しているつもりだけど。