0702
札幌。ジンギスカンが美味すぎる。だるま以外はそんなに東京と変わらないじゃん、そう思ってたけど、2軒の店に行って、2軒ともめちゃ美味かった。この2日で3年分ぐらい肉食べたような……………
札幌。ジンギスカンが美味すぎる。だるま以外はそんなに東京と変わらないじゃん、そう思ってたけど、2軒の店に行って、2軒ともめちゃ美味かった。この2日で3年分ぐらい肉食べたような……………
今日はおそらく、12年前、2001年と今年、今日との繋がりの始まりになったはず。
終わり、終わりっていうのは無いのかも。形が変わってゆくだけなのかも、そう思える時がたまにある。
ブラジル人のモデルと話しをしたとき、カエターノとかは年寄りが聞く音楽。若い人は流行ってるレゲエとか聞くって言ってた。
沖縄にしても、いまだに嘉手苅林昌とか聞いてる若者はあまりいないだろう。ウチナーグチも若い人はもはやあまり理解できないのだろうし。だからと言って、カエターノと流行ってるレゲエとを比較すると、個人的にはやっぱりカエターノの方が音楽的に優れている気がする。個人的には。だけど、音楽を聴く基準って、殆どの人にとっては音楽性よりも他の人と共通の体験ができるかどうか、つまり流行ってるかどうかにあるんだろうと思う。思えばそういう観点で音楽を聴いた事なんて無い。
沖縄の民謡には独自の音階がある。だけど、その音階を使用した音楽も減少してゆくだろう。音階はその土地ではぐくまれたものだけど、ドレミファソラシドみたいなグローバリズム的な力には勝てない。そうやって風俗ってどんどん消えてゆく。
考えてみれば、自分は荒浜の以前の姿を実際には知らない。「イナサ」の中でしか知らない。以前がどうだったのか、そこに行った事があるのかどうか、それを知ってるのと知らないのとでは全く違うんだろう。残念だけど自分は知らない。知らない上で撮るしかない。
誰かが亡くなった時、大体の場合は間接的にそれを聞く。直接人の死に対面することはあまりない。ひとに聞いたり、葬儀に行ってそのひとと対面したりすると当然悲しくなるのだが、それは、その事実を受け入れられるかどうかとは違う。時間が経つにつれて悲しさのようなものは薄れてゆく。同時に生前の思い出みたいなものも薄れてゆく。事実としては亡くなったということを理解出来るようになるが、気持ちの中ではずっと受け入れられない。だから何年経っても、また会えるんじゃないかって、思うときがある。結局、ひとが亡くなった事なんて受け入れられない。忘れてゆくだけだ。
彼女と別れた後、遅かれ早かれそうなったんだよって自分に言い聞かせるときがある。別れたことは残念だったけど、あのまま続いててもいつかは別れたんだよって。言い聞かせるというよりはそう思いたいからそう思うようになってしまったというか。人間は自分に都合良く解釈する。そして記憶も都合良く選択するようになる。
だから、現実を現実として受け入れる、認識することが全てではない。むしろ、現実っていうのは要素のひとつに過ぎないと思う時もある。受け入れることが可能な現実ばかりじゃないから。
3ヶ月ぶりぐらいに荒浜に行った。
前日の午後の早い時間に小口から電話がある。仕事の件かと思いきや、吉村さんが数日前に亡くなって、公式な発表がこの直前だったのだという。ちょうど前日にこまっちゃんとメールでやりとりしたけど、そのことには何も触れていなかった。
そのことを色々考えて思い出したこともあったりして、結局殆ど眠れなかった。
今回、東部道路までの間のの田んぼに水が張られ、苗が植えられていた。海水や瓦礫が入ってしまったため数年間は作付けは無理だろうと言われていた場所だ。このことは荒浜に関する数少ない感動できる点のひとつ。
現在の荒浜がどうなっているか、正直あまり変わっていないと感じる。荒浜の元住民の方々の生活もあの日以来あまり変わってはいないだろう。ほんのいくつかのことは変わってきているのかもしれない。ずっと言えることは、いまだに荒浜を愛している人がいて、喜んで、怒っているということだ。
怒りについては、なんでこうなるんだろうという気持ち。復興が進んでいない、というよりはもう無かったことにされているかのような状況。
例えば、集団移転するのに荒浜の土地の買い取り価格より移転予定地の販売価格が数倍も高い値段になってしまっていて、到底買える値段ではないということなど。義援金は相当な額集まった筈だけど、ここ荒浜や仮設住宅に来るといつも感じるのは、荒浜の人たちは何ひとつハッピーになっていないということ。津波が来て自分の身以外の全てのものを失い、さらに新たな生活を始めようとすると払えるはずの無いような金額を要求される。それに対する支援なんかない。もう地震や津波の被害なんか忘れ去られ、無かったことにでもなっているかのよう。彼らの存在自体が疎んじられているかのようだ。残念ながら仮設住宅で人生を終える方も多いのだろう。こんな国にオリンピックを開催する資格なんか絶対にない。
数少ない救いといえば、何人かの方はこうなってしまっても荒浜をいまだに愛しているということだ。このことには自分自身、とても大きな影響を受けていると感じる。最も重要で最も難しいこととは、何かを継続すること。何ヶ月に一度か、それを感じに行く。荒浜に滞在できる時間は毎回そう長くはないが、とても意味のある時間だ。
撮影は、かなりプレッシャーを感じていた。でもまあ良いのが撮れたと思う。
今年観たライブ、チャラ、木村カエラ、カーリィジラフ、FOE、マークリボウ、エゴ・ラッピンなど、その全てがとても素晴らしかった。なぜなんだろう。今年は新譜も良いのが多い気がする。これは偶然じゃないような気もする。2013年ということが関係しているのか? だけどその理由は、当然ながらわからん。
いま、2週目感が強い。1週で終わりだと思ってたんだけど2週目があった。でも、同じような気持ちじゃない。経験もあるけど、後悔も限りなくある。
どんなに努力しても絶対に永ちゃんのレベルには到達できない。それは去年のライブでわかった。でも、ああ、凄いな、オレもせいぜいがんばろ。その程度なら出来るかもしれない。そんなささやかな希望が、永ちゃんを好きでいることの拠り所だ。
永ちゃんはただ永ちゃんであるのではなく、絶えず永ちゃんであろうとする強固な意思と自己鍛錬の産物なのだと、改めて思った。